11 東京オフ会四
日も落ちたオフィス街のビルとビルの間にあるガラス張りのカフェで、私は二杯目のドリンクを飲んでいた。
行き慣れたチェーン店のカフェが今イチオシで売り出しているという高級志向のコーヒーはなかなかに不味く、しかしその一杯で三、四時間粘るのはしのびなく、いつもの定番のラテを二杯目に頼んだ。
最初はガラス張りの壁から降り注ぐ日差しの紫外線から逃げるように座っていたが、二杯目の頃には空は濃い藍色になっていた。
東京三日目。
私だけが帰る日。柚子も雅子もまだ東京に残っている日。
もう柚子と話すことは諦めて帰ろうと思っていた。
東京オフに行こうか迷っていたとき、ある人がこう言った。
「柚子さんと直接話せるかもしれない機会なんてそう滅多にないよ」と。
直接話した方が和解が進むのは私でも理解した。
その一言で東京行きを決めた。
しかし、そんな希望は儚く消えた。
昨日のホテルで散々泣いて、黒い妖怪のような茫漠な寂しさに完全に飲み込まれた私にはもう観光に行く余力はなく、三日目は帰りの夜の新幹線の時間まで一人でボンヤリする気しか起こらなかった。
家から持ってきた読み飽きた一冊の本を手に、少し読んではボンヤリしてを繰り返しながら数時間過ごした。
その本は『アルケミスト』というタイトルの、夢を追う少年の冒険小説だった。
"夢を諦めてはいけないよ"
本の中で誰かが言った。
新幹線の時間まであと一時間半。
心臓が少し早く脈打つ。
私はもう、柚子の感じを見て団に戻ることは諦めていた。
柚子にもメガネにも避けられ続けた東京オフの三日間。
オフ会の主催二人に避けられたことで
みんなと遊びたくて開けていた予定はただ虚しく空白のままになった。(十姉妹君がいなければ一人で過ごしていた)
高いお金を出して、遠路はるばるやってきた私は歓迎されていなかったのだ。惨めでたまらなかった。
ある人が私に言った。
「自分は何も力になってあげられないけど、柚子は明日まで東京にいるよ。」
もう団にも戻らない私に柚子と直接話し合えるチャンスはないかもしれない。
東京を離れる一時間前になって急に迷いが生まれた。
本当は柚子と話したい。
この三日ただの一度も話をさせてもらえなかった。私は柚子に会いたくて東京まで来たのに。
悲しかった。
何もうまくいかなかった。
神様がいるなら助けて欲しかった。
なのに私はなぜかこの時神とは真逆の人間に
相談を持ちかけてしまった。
メガネだ。
死ぬつもりでメガネに現状を話し相談するメールを送った。
メガネはやはり事の一部始終を知っていた。
それがとても癪に触ったが、それどころではなかった。
メガネは柚子に会いに行くべきではないと言った。そして
「君のその自己満足をぶつけてくるところが柚子的に厳しかったと思いますよ」と言った。
あなたの自己満足を団VCで全開でぶつけてくるところが私的にはとても厳しかったんですよ、
と言いたくてたまらなかったが、今ここでメガネとバトルする時間も余力もなかった。
それにメガネと柚子のこの三日間の徹底的な私排除作戦は私に相当な精神的ダメージを見事におわせていて、私はメガネのこんなにもツッコミどころのある言葉にさえ深く傷つき、心は一瞬で折れた。
私はもう、惨めでたまらなかった。
時間が近づき東京駅へ向かう。
傷心で買ったお土産は深く考えられず東京バナナ。
重い荷物と、それより重い心を抱えて新幹線のホームに行った。
私はある人にメールを送った。
今の状況を。
柚子のこと。メガネに言われたこと。
新幹線の出る20分前であること。
そして、迷っていることを。
「私は自己満足で自分勝手なのかな?」と。
その人はすぐに返事をくれた。
「柚子が嫌がってるのに会おうって言うのは確かに自分勝手だよ。
でもそうでもしないと、柚子の気持ちを優先してたら多分もう話せないって思うのに、何もできないんだったら自分勝手でもいいんじゃない?」
涙が出た。
言う通りだった。
(このメールを読むと今も涙が出る)
柚子に会いたかった。
話したかった。
この機会を逃すともう話せないかもしれなかった。
私は返信を送った。
「その通りだよ。
でもこの三日間避けられ続けて、私もう惨めで仕方ないんだ。
話しに行っても、もっと最悪な事態になるかもしれないことが怖いよ…」
涙を拭いてホームに着いた新幹線の指定の座席に座った。窓際の席だった。
ギリギリまで迷っていた。
会いに行きたかった。話したかった。
直接話せばネット上だけでは拗れた話ももっとちゃんと意思疎通が出来ると思った。
だけど、勇気がなかった。
あるわけがなかった。
頑なに嫌がる相手に、新幹線を蹴ってまで話しに行けるほど私は強くなかった。
柚子も楽しみに来てる東京旅行で嫌な思いをさせるのも嫌だった。そんな役回りになることがみじめだった。
新幹線は出発した。
過ぎて行く東京の景色を見ながら、ぽろぽろと泣いた。泣き続けた。
東京から帰って数日後、私が団に戻るための段取りをしていた団長に、もう団には戻らないと告げた。
これがこの団の最後のお話し。