①柚子の話一
私は柚子が好きだった。ほとんどの団員のことを好いていたが、柚子のことは特別に、異性として好きだった。
柚子は最初、真面目を真面目で塗り固めた様な喋り口調で、私にとっては印象の薄い人物だった。
私が団に入って間もなくして柚子が入団してきた。
見覚えのある名前。偶然にして彼は私のフレンドだった。
私は団に入りたてで右も左もわからない中、団のチャットで思わず柚子に声をかけた。フレンドですね、と。
柚子も驚いているようだった。
お互い一言言葉を交わし、終わった。
彼に深く構っていられないほど私は慣れない団に緊張していたのだ。
程なくして古戦場(ゲーム内で二月に一度開催される団対抗試合)が始まった。
私はまだ団長にしか心を開けずにいた。
それでも団の人たちと少しずつ話せるようになってきていた。
少し暑くなり始める季節だった。
よく晴れた日の午後、みんながVCに集まって、ひいひい言いながら走っていたのを記憶している。
確かそこに柚子はいなかった。
仕事だったのか、あるいはいても何も話さなかったのか。
ただ彼は黙々と走っていた。
特に団員とコミュニケーションを取るわけでもなく、その貢献度(古戦場での成績)だけが止まることなく延々と伸び続けた。
彼は団のDiscordに誰に頼まれるでもなく編成共有を載せていた。私は走り続けて爆発しそうなボロボロな頭をフル回転させて、彼の編成を学び真似た。
彼は特に目立つことなく、無言で団内1位を取った。
私にとってはやはり終始印象の薄い存在だった。
柚子の存在がハッキリと輪郭を帯びて現れるようになったのは、古戦場が終わってからだ。
私と十姉妹君と一緒に共闘爆破(延々と単純作業をこなしてゲーム内のアイテムを集めるコンテンツ)をするようになった。Twitter上でノリで始まった。
連日数時間の爆破を一緒にするようになって、段々と仲良くなった。一番その殻を破いたのは柚子だ。
あまりの長時間爆破で彼は壊れるようになった。真面目な公務員男が一転、随分破天荒な発言を連呼し始めたので、私も十姉妹君も可笑しくてたまらずずっと笑っていた。
Twitterでも三人で沢山話すようになって、私は楽しくて仕方なかった。
団長以外にちゃんと仲良くなれる人が出来たことが本当に嬉しかった。本当に大切にしたいと思った。
あまりに可笑しく楽しいので、十姉妹君が柚子のその破天荒な様子をTwitterで実況するようになった。
それが始まりだった。
そのTwitterを見てすぐさまやってきたのがメガネだった。
いつもと同じ深夜の時間、ズカズカと土足でやってきて、女の私からすれば無神経でデリカシーのない下世話な会話を柚子に吹っかけに来るようになった。
特にそんな男のノリの下品な話題が苦手な私にとってはそれは苦痛でしかなかった。団のVCでメガネは柚子ばかりに一方的に話しかけ、あっという間に私は会話からこぼれ落ちるようになった。
たまらなく不快だった。
やっと出来た友達を無神経に取られた気がした。そこに私がいるのに、メガネは私のことはまるで視界にすら入ってないような下品な会話を壊れた喋るブリキのオモチャのごとく下劣に話し続けた。
それでも男である十姉妹君も柚子も楽しいようだった。私だけが取り残される日々。
寂しかった。
私は柚子にそのことを相談するようになった。
柚子は丁寧に相談に乗ってくれた。
団のVCではいつもメガネが柚子にばかり話し、女を侮蔑的にネタにして笑いを取る会話が続き、話題に入れない私はその分柚子によくDMを送るようになった。