⑩東京オフ会三
その日は一日、十姉妹君が一緒に遊んでくれた。雅子も合流すると言っていたが、夜型の雅子は起きれなかったらしく来なかった。
「寂しいだろうなと思って」
朝、二人で一緒に乗った電車の中で、十姉妹君はそう言った。
「よくわかったね」
私は遠くを見ながらそう返した。
十姉妹君は、私の二泊三日分の重い荷物を私に有無を言わさず一日持ってくれて、東京を案内してくれた。
その細い身体からは想像出来ない力強さ。
そしてこの優しさ。
彼の優しさを思い出すと、私は今でも涙が出る。
こんなに優しい人がいるんだな、一体何をすればこの優しさを返せるのか検討がつかない。
彼の優しさに心から救われて、
そして少し、惨めだった。
東京旅行二日目。
電車に揺られて着いたそこは周りに建物が少なくて、空が広かった。
まるで空の上に作られた王国のように見えた。
そして少し海の匂いがした。
大きなショッピングモールや、ホテル、ビル。
王国には厳選された数少ない建物が仰々しく建っていた。
十姉妹君と二人でショッピングモール内を歩き回った。私はあまり何も買わなかったけど、一緒に雑貨屋さんなんかを見て回るのは楽しかった。
彼はこっそり
私に内緒で小さな雑貨を一つ買っていた。
お店を出てから「あげる」と言ってくれたそれは、私の手の中でキラキラと光った。嬉しかった。
それから二人でガラガラのレストランでランチを食べた。十姉妹君のおかしな発言に思わず笑った。
それからまたしばらくモール内を歩いていると、柚子からDMが来た。
あまりに避けられるので、私が昨日「直接話し合い出来ませんか?」と送ったDMに対する返信だった。
モール内で足を止めてスマホに釘付けになった。
柚子は怒っていた。
俺のことを散々傷つけておいて自分勝手過ぎる、話し合いは出来ないという内容だった。
十姉妹君が隣にいる手前、平静を装った。
察しの良い十姉妹君は、私が内心全く平静ではないことをお見通しのようで、常に気にかけてくれているのが伝わった。
十姉妹君がゆっくり座れるところに行こうと言って、モール内のカフェに連れて行ってくれた。
私は行き慣れたその有名チェーン店のカフェで、十姉妹君はそこが初めてだと笑顔で言った。
私の二泊三日の荷物が詰まったまるで米俵のような重さの鞄を、朝の待ち合わせ場所からずっと待ってくれていて、
そのカフェでも彼は決して米俵を床に置くことをせず、確か小さな自分の椅子の後ろに置いていたように思う。
(それをぼんやりとしか記憶してないほどこの時私は余裕がなかった)
私は出来る限り感情的にならないような返信を、そのカフェで一時間かけて考え、送信した。
それでも今思えば感情的だった。
私を否定された気がして、怒っていないフリをして怒っているような返信をした。
キンキンに冷房の効いたそのカフェで、返信を終える頃には私の身体は氷のように冷たくなっていた。
私が寒がっているのを見て、十姉妹君は私を外に連れ出した。
外の空気はとても暖かくて、ほら、私こんなに手冷たい!と十姉妹君の手を握ったら、その手は冷房の冷たさに負けず暖かいままで、まるで彼そのものみたいだった。
この小柄な身体のどこにそんな強さとエネルギーがあるのだろう思うほど、十姉妹君は優しくて暖かくて力強かった。
二日目のホテルは私だけ柚子や雅子の泊まるホテルと別にしていた。柚子はその方がいいだろうと思って。
柚子達より旅行を一泊減らして、その分この日は少し良いホテルにしていた。
部屋からスカイツリーが見える夜景の綺麗なホテル。
私が東京で一番したかったことは、綺麗な夜景を見ることだったから。
空の王国とモールを離れ、その日のホテルに向かった。夕方に差し迫る時間だった。
十姉妹君はホテルの部屋まで重い荷物を運んでくれた。何もお礼が出来なかったので、せめてせっかくの眺めの良い部屋でゆっくりしていってと私は言った。
(今思うとあんまり良い行動じゃなかったかな。
信頼しきっていてすっかり忘れていた。)
十姉妹君はこの後、柚子やみんなとご飯に行く予定があった。
私と十姉妹君はホテルの部屋に着くと、高層の窓から見える堂々たるスカイツリーを見ながら、椅子に座って特にやることもなくボンヤリした。
無音がうるさくて、私はスマホで音楽をかけた。
女性シンガーの明るい歌を流してごきげんに歌った。
「ああ、カラオケに行けば良かったね」
と少し後悔したように十姉妹君は言った。
一緒に遊ぼうと誘ったのは私なのに(話がハッキリしなかったから私から誘った)、この一日初めて東京に来た私を喜ばせようとしてくれていたのが伝わっていた。
旦那さんにするならこんな人がいいなと思った。だけどもう、色恋事になって大事な男友達を失うのは懲り懲りだ。
十姉妹君は二十分も経たずに、もうそろそろ行くねと言った。みんなとの約束の時間が近づいていた。
私は彼をホテルの入り口まで見送ることにした。
そこはマンションのような大きなホテルで、ホテルの一階の外側周辺に外食チェーンが数店あった。
「これなら晩ご飯も心配ないね。」
と、十姉妹君はホッとしたように言った。
ホテルの玄関に来ると、
「ここから駅まではこっちの道をこう真っ直ぐ行って…」
とスマホの地図を見せながら帰り道を教えてくれた。
彼は「それじゃあ」とにっこり笑って踵を返した。
彼の姿が見えなくなるまで私はそこにいた。
時々振り返って手を振ってくれた。
高級ホテルのフロントマンのように姿が見えなくなるまで見送っているわけではなかった。
私が最後まで目を離せなかったのは、十姉妹君の姿を見失ったら、いよいよ私は泣くしかなかったからだ。
本当はもっといて欲しかった。
十姉妹君の前で泣きたかった。
その寂しさを一人で背負うには辛かった。
だけど泣いて困らせたくなかったし、これからみんなとご飯に行く約束のある彼を引き止めることは出来なかった。
私は部屋に戻って一人泣いた。
声を上げて泣いた。
外は暗くなって、スカイツリーが光り出した。
それは一人ぼっちで見るにはあまりに辛かった。
時間も、夜景も、素敵なホテルも、
全て持て余した。
全てが心に重かった。
潰れそうなほど重い寂しさが無限に押し寄せてきた。
一人で泣く以外にできることはなかった。
夜のスカイツリーは何一つ
美しくなかった。