日向さんと私
年をまたぐ夜、日向さんに好きだと言われた。
日向さんと話している時の私の甘え声を親に聞かれたくなくて、寒空の下、ベランダに出て小声で通話した。
コートに包まれ厚着でまん丸く座り込んだ私に、電話の先の暖かな声は、とても一生懸命私に恋を告げた。
私は今まで酷い恋愛ばかりしてきた。
私に寄ってきた男の9割は他に女がいた。
付き合ってるような関係になっても、私はあなたの恋人ですか?と聞けばお茶をにごされるような恋。
日向さんはまっすぐに気持ちをぶつけてきた。
私のことをどれほど好きか、初めて恋を知った少年のように不器用そうに一生懸命伝えてきて、私も好きなんですよと言うと、彼は泣いた。
私という人間に、こんなに心を焦がして一生懸命想いを告げてくれる人がこの世にいるんだなという事実が、夢を見てるみたいにふわふわして現実味がなかった。
好きな人とセックスをした後のように、時間が経っても幸福感が身体に残り続けて、翌朝目が覚めた私は幸せに涙した。
生きてきてとても苦しかったけど、
生まれてきてよかったんだなと、初めて思った。
日向さんはすぐに会いたいと言った。
彼の次の連休に会いたいと言った。
それは一週間後だった。
そして同じ部屋で泊まりたいと言った。
ずっと一緒にいたいと。
君の過去の恋のトラウマを治したいと。
さすがに私は戸惑った。
知り合って間もない。
同じ部屋で泊まることは許容出来なかった。
しばらく話は平行線だったが、ふっと日向さんが「ごめん、好きすぎて暴走して君に迷惑かけてた」と言って引き下がった。
正直話の流れからして日向さんがヤリたいだけと思われても仕方ないのだが、ただ昔の私がこの時の彼と同じように暴走した恋をしていたので、気持ちがわからなくはなかった。
もう少し話し合おうということになった。
会うかどうかは直前に決めてもいいと。
しかし翌日も翌々日もそんな話し合いの場は持たれず、このまま会うのかと不安になって聞いてみると、彼は急に家族が倒れて世話をしなければいけなくなったと言った。
それから彼は打って変わって通話もかけてこなくなった。
どこまでが真実でどこからが嘘か私にはわからず、ただただ不安の中に脆く、泣く以外出来なかった。
彼は急激に進展し熱烈に恋を告げ、どこか焦っていて余裕がなかった。
私がすぐにセックス出来ないとわかって、気持ちが引いたようにも思えた。そんな男性が今までたくさん私の前に来た。
股を開けば許されて、心を開けば去られる。
私の心とはそんなにも酷いものなのかと、元々なかった自信は恋愛を重ねるほどさらになくなった。
日向さんは、内面を嫌いになんてなってないと、声ではなく文字で言った。
あの暖かな声は私に向けられなくなった。
なぜかわからない。
だけど戸惑う私のメールに対する丁寧な文章を日向さんは返してきた。
日向さんはVCで、以前よりよそよそしく、当たり障りのない会話しか私にしてこなくなった。
以前なら無用に私に踏み込んで戯れてきたのに。
「家族が倒れて」という話は少し辻褄が合わない部分が複数あった。それが私を不安にさせた。
一人になると泣いた。
それを繰り返す以外に痛みの止まらない時間をやり過ごす方法がわからなかった。
一緒に、なりたかった。
真実は何もわからなかった。
声と文字でしかやり取りの出来ない関係で、確かめられるものなんてなかった。
とにかく私は私を保とうと思った。
自分のペースを、自分の言葉を、自分のリズムを再確認しよう。
私が恋したのは、日向さんと、よっつめの団。
少し離れよう。
自分でちゃんと幸せになれるように。
日向さんがいなくても笑えるように。
前を向く。
胸に大きな破片が刺さっている。
時々傷口から涙が止まらなくなる。
前を向く。
一緒になりたかった。
あの暖かさに包まれたかった。
前を向く。
前を向く。
前を向く。
でも本当は、甘えたかった。
日向さんの前で泣きたかった。
ワガママ言いたかった。
離れたくないよって。
前なんて向きたくなかった。
私は日向さんと一緒になりたかった。